
労災保険についてご存じでしょうか? ケガや病気、障害、あるいは死亡となったときに、さまざまな保険給付がなされる保険です。会社員などで「入っているけれどよくわからない」という方は、もう少し詳しく知っておきましょう。「フリーランサーだけど入りたい」という方は、上手に活用するといいですね。
労災保険とは「労働者災害補償保険」の略で、労働者やその遺族の生活を補償するための公的な保険制度です。仕事中や通勤途中に、ケガや病気、障害、あるいは死亡となったときに、労働基準監督署から「労災認定」を受けることで、労働者(死亡時は遺族)にさまざまな保険給付がなされます。保険料は事業主の負担で、労働者自身の負担はありません。
ケガや病気による通院や入院に関する公的保険として健康保険がありますが、労災の場合、健康保険は適用されず、療養費を自分で立て替える場合は「10割負担」となり高額になります。しかし、労災保険は、健康保険に比べて自己負担がないことや、休業時の手当が健康保険の傷病手当金よりも手厚い補償となっている点が特徴です。
労災保険は、仕事中の「業務災害」と、通勤途中の「通勤災害」の2つがあります。
【業務災害】
業務災害とは、業務上でのケガや病気、障害や死亡を指します。例えば、工場の機械に腕を挟まれてケガをした、倉庫で検品中に製品が崩れて障害を負った、顧客からのクレーム対応でうつ病を発症した、などが挙げられます。業務に関係のない原因でのケガや病気は該当しません。業務災害により労災保険の給付を受けるには、業務と傷病等の間に一定の因果関係がある(「業務起因性」)と、業務を行う中で発生した傷病等であること(「業務遂行性」)を満たす必要があります。
【通勤災害】
通勤災害は、通勤途中で災害に遭った場合の、ケガや病気、障害や死亡などをいいます。通勤途中の交通事故が挙げられますが、家から会社までの出勤時だけでなく、会社から家までの帰宅時の災害も対象となります。「合理的な経路および方法での移動」が要件となることから、通勤途中の事故であっても、個人的な飲み会などに参加した後の事故は労災保険の対象外です。日用品の購入などのための立ち寄りは認められています。

※出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」
※「逸脱」とは、通勤の途中で就業や通勤と関係のない目的で合理的な経路をそれることをいい、 「中断」とは、通勤の経路上で通勤と関係のない行為を行うことをいいます。
※日常生活上必要な行為であって厚生労働省で定めるもの、の例
① 日用品の購入その他これに準ずる行為
② 職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる 教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
③ 選挙権の行使その他これに準ずる行為
④ 病院または診療所において診察または治療を受けること、その他これに準ずる行為
⑤ 要介護状態にある配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹並びに配偶者の父母の介護(継続的にまたは反復して行われるものに限る)
労災保険は、労働者を1人でも雇っている事業主に、加入が義務付けられています(5人未満の労働者を使用する個人経営の農林水産業を除く)。また、労災保険の対象となる労働者には、正社員だけでなく、契約社員や派遣社員、パートやアルバイトで働く人も含まれます。ただし、派遣社員については、派遣先企業ではなく、派遣元(派遣会社)の労災保険の対象となります。
万が一、働いている会社から「労災保険はありません」と言われたら、それは違法です。加入義務があるのに加入していない場合は、加入してもらうように働きかけてみるといいでしょう。
労災保険の保険料は事業主の負担であることは前述のとおりです。そのため、個人の負担はありません。
事業主が負担する労災保険の保険料は、<賃金総額(労働者に払った賃金の合計額)×労災保険料率>の式で算出され、労働災害等に遭った労働者に対する補償の原資となります。
労災保険料率は、労災保険の財政が持続できるよう、約3年ごとに審議され、改定が行われています。
では、労災認定を受けた場合、どれくらいの給付が受けられるのでしょうか。給付は補償の種類によって異なります。
療養(補償)等給付
「療養の給付」と「療養の費用の支給」があり、傷病が治癒(症状が固定)するまで給付を受けることができます。症状が固定した場合には、療養補償給付は終わりますが、障害がある場合には障害補償給付の対象となります。
休業補償給付
ケガや病気の療養で働けず、賃金がもらえないときに、休業4日目から給付されます。金額は、1日につき給付基礎日額※の80%(保険給付60%+特別支給金20%)。複数事業労働者の場合は、複数就業先の給付基礎日額に相当する額を合算した額の80%(保険給付60%+特別支給金20%)を支給。
※給付基礎日額=事故直前3ヵ月分の賃金を暦日数で割った平均賃金。
休業補償特別援護金
会社が倒産したなどの理由により、休業から3日間、会社が支払うべき休業補償を受けることができない場合、労災から支援を受けることはできます。休業補償給付の3日分に相当する額の援護金を支給します。
遺族補償給付
仕事または通勤が原因で家族が死亡した場合に、遺族が受け取れる補償。遺族の人数などに応じた遺族補償年金と遺族特別年金、遺族特別支給金が給付されます。ただし、遺族補償年金を受けることができる遺族は、亡くなった人の配偶者(内縁関係を含む)や18歳の3月31日までの子や60歳以上の父母などで、死亡当時その収入によって生計を維持されていた人に限られます。これらに該当する遺族がいない場合には、遺族補償一時金が遺族に給付されます。
遺族数 | 遺族(補償)等年金 | 遺族特別支給金 (一時金) |
遺族特別年金 |
1人 | 給付基礎日額の153日分(ただし、その遺族が55歳以上の妻、または一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分) | 300万円 | 算定基礎日額の153日分(ただし、その遺族が55歳以上の妻、または一定の障害状態にある妻の場合は給付基礎日額の175日分) |
---|---|---|---|
2人 | 給付基礎日額の201日分 | 算定基礎日額の201日分 | |
3人 | 給付基礎日額の223日分 | 算定基礎日額の223日分 | |
4人以上 | 給付基礎日額の245日分 | 算定基礎日額の245日分 |
出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」
葬祭料
死亡した人の葬祭を行うときに、葬祭を行う者に対して給付されます。支給対象は必ずしも遺族ではない。葬祭を執り行う遺族がなく、被災労働者の会社が社葬を行った場合は、会社に対して葬祭料等(葬祭給付)が支給されます。
- ① 315,000円+給付基礎日額の30日分
- ② ①の額が給付基礎日額の60日分に満たない場合は給付基礎日額の60日分
傷病(補償)等年金
法令で定められた傷病の程度(傷病等級)に該当し、その状態が継続している場合、傷病(補償)等年金、傷病特別支給金および傷病特別年金を支給します。ケガや病気が療養開始後1年6か月経過しても治っていない場合や、障害等級に該当する場合に、障害の程度に応じて給付されます。
傷病等級 | 傷病(補償)等年金 | 傷病特別支給金 (一時金) |
傷病特別年金 |
---|---|---|---|
第1級 | 給付基礎日額の313日分 | 114万円 | 算定基礎日額の313日分 |
第2級 | 給付基礎日額の277日分 | 107万 | 算定基礎日額の277日分 |
第3級 | 給付基礎日額の245日分 | 100万円 | 算定基礎日額の245日分 |
出典:厚生労働省「労災保険給付の概要」
介護(補償)等給付
①~④すべての要件を満たす必要があります。
- ① 障害(補償)等年金または傷病(補償)等年金の第1または2級で高次脳機能障害、身体性機能障害などの障害を残し、常時あるいは随時介護を要する状態にあること
- ② 民間の有料介護サービスなどや親族、友人、知人から、現に介護を受けていること
- ③ 病院または診療所に入院していないこと
- ④ 介護老人保健施設などに入所していないこと
支給額は常時介護、随時介護で異なり、それぞれ以下のとおりです。
(令和6年4月1日~の支給額)
○常時介護:月額81,290~177,950円
○随時介護:月額40,600~89,980円
長期家族介護者援護金
一定の障害により、障害等級第1級または2級の障害(補償)等年金、あるいは傷病等級第1級または2級の傷病(補償)等年金を10年以上受給していた方が、業務以外の原因で死亡したとき、その遺族が一定の要件を満たす場合、遺族に対して100万円の援護金が支給されます(援護金の支給を受けることができる遺族が2人以上の場合は、100万円をその数で除して得た額)。
未支給の保険給付・特別支給金
亡くなった保険給付を受ける権利を有する方(受給権者)に未支給の保険給付がある場合、2つの要件を両方満たす場合に請求することができます。
- ①亡くなった受給権者の配偶者、子、父母、孫、祖父母および兄弟姉妹
- ②受給権者が亡くなった当時、その方と生計を同じくしていたこと(必ずしも同居している必要はありません)
※①②の要件を満たす方がいない場合、相続人が請求できます。
障害(補償)等給付
ケガや病気が治癒(症状固定)したとき、身体に一定の障害(第1級から第7級まで)が残ったとき、障害補償年金が給付されます。障害(第8級から第14級まで)に該当する障害が残ったときは障害補償一時金が給付されます。
そのほかの給付
- ・労災就学援護費・労災就労保育援護費
- ・アフターケア(アフターケア通院費)
- ・二次健康診断等給付
- ・義肢等補装具の費用の支給 ・外科後処置
- ・そのほか
労災が発生した場合には、申請手続きをしないと補償を受けることはできません。申請する項目によって流れや内容が異なる場合があるかもしれませんので、職場で確認をしてから手続きを行いましょう。ここでは大まかな流れだけ押さえておきます。中には、会社が手続きをしてくれるところもあるようです。
1・請求書を入手
所轄の労働基準監督署または厚生労働省のホームページから、該当する補償に応じた請求書をダウンロードして用意します。請求できるものが複数ある場合は、専用の請求書を用意しましょう。添付書類も確認し、あらかじめそろえておきましょう。
2・必要事項を記入する
請求書の必要事項を記入します。事業主による署名欄もあるので、担当部署にお願いする必要があります。また、給付内容によっては、通院や入院・手術を受けた医療機関の医師に記入してもらわないといけない場所もあるので、請求の際は確認しましょう。
3.請求書を労働基準監督署へ提出
請求書に必要事項を記入したら、用意した添付書類を付けて労働基準監督署へ提出します。記入ミスや漏れ、必要な書類の添付忘れなどがないよう、しっかり確認をしましょう。
4・労働基準監督署の調査
請求書の内容に基づいて調査を行い、労働災害や通勤災害に該当するか、休業を要するのかを確認し、保険給付の算定などを行います。時には、追加で必要書類が発生したり、聴取の依頼があることも。
5・支給・不支給が決定
請求書を送ってから1か月程度(もっとかかる場合もある)で、請求した本人に対し、支給・不支給の決定が通知されます。
6・支給決定の場合は振込
支給が決定した場合は、指定した口座へ振り込まれます。
長期入院をしていた場合や、交通事故の示談でもめて長期化するケースなどもあり、請求に時間がかかることも少なくありません。その間、立て替え額がかさんで、生活が逼迫するケースもあります。ケガや病気で療養を受ける場合は、労災病院や労災指定医療機関で受診すると、窓口での支払いが不要となる場合もあり、助かります。
なお、時効は障害補償給付や遺族補償給付は5年、療養補償給付や休業補償給付、葬祭給付、介護補償給付などは2年です。面倒だからと後回しにしていて、時効が過ぎて請求できなかった、などということがないよう、早めに手続きを行いたものですね。
労災保険は人に雇われている「労働者」が対象となる制度ですが、業務内容などから、自営業やフリーランスであっても、労働者に準じて保護が必要とされる職種について、「特別加入制度」が用意されています。
特別加入ができる人の範囲は、中小事業主等・一人親方等・特定作業従事者・海外派遣者に大別されます。下記のいずれかの事業を行ういわゆる「一人親方」やフリーランス、自営業の方は、労災保険の特別加入者となることが可能です。特に事故のリスクがある職業の方は、保険料を支払っても万が一の事態に備えておくと安心です。
<特別加入者の範囲>
・個人タクシーや個人貨物運送業者などの自動車を使用して行う旅客または貨物の運送の事業
・大工や左官、とび職人など、土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、原状回復、修理、変更、破壊もしくは、解体またはその準備の事業(除染を目的として行う高圧水による工作物の洗浄や側溝にたまった堆積物の除去などの原状回復の事業も含む)
・漁船による水産動植物の採捕事業
・林業の事業
・医薬品の配置販売事業
・再生利用の目的となる廃棄物などの収集、運搬、選別、解体などの事業
・船員法第1条に規定する船員が行う事業
・柔道整復師法第2条に規定する柔道整復師が行う事業
・創業支援等措置にもとづき高年齢者が行う事業
・あん摩マッサージ指圧師、はり師、またはきゅう師が行う事業
・歯科技工士法第2条に規定する歯科技工士が行う事業
(厚生労働省「特別加入制度のしおり」より)
また、下記「特定作業従事者」に該当する方も、任意で労災保険に加入できる可能性があります。
<特定作業従事者の範囲>
・特定農作業従事者
・指定農業機械作業従事者
・国または地方公共団体が実施する職場適応訓練や事業主団体等委託訓練従事者
・危険性の高い作業に従事する家内労働者とその補助者
・労働組合等の一人専従役員
・介護作業、家事支援従事者
・芸能関係作業従事者
・アニメーション制作作業従事者
・ITフリーランス
任意加入なので、本人が手続きをして、保険料も自分で払って加入することで、補償が有効になります。職種によっては、加入前に健康診断が求められる場合もあります。年間の保険料は<保険料算定基礎額(申請に基づき労働局長が決定)×保険料率(業種などで異なる)>で算出します。給付額は、労災保険の保険給付同様、幅広い給付となっています。
保険料率や、給付の例などもう少し詳しくご覧になりたい場合は、厚生労働省の資料を参照ください。
労働者の生活を守ってくれる労災保険。万が一、労災が発生した時は、上手に活用しましょう。周囲で労災に該当する事故を起こした人は、資金的な立て替えが厳しかったようです。医療保険や生活費3か月分の生活予備費を貯めていたことで、何とか乗り切っていました。事故直後は頭が回りませんが、最初から労災保険や労災指定病院を選んでおけば、立て替えがなく、少しはラクだったのかもしれません。また、手続きをスムーズに行うためにも、必要書類等を事前に確かめておくなど、少しでも早く請求につながるようにしておきたいものです。
1人親方やフリーランスで事故のリスクが高いと自覚がある方は、任意加入をして備えるのも手です。労災とともに、自家保険である貯蓄、それと医療保険でも備えておくと安心度は高まります。
ライタープロフィール

豊田眞弓
ファイナンシャルプランナー、FPラウンジ代表。
マネー誌ライターを経て、94年より独立系FP。現在は、講演や研修講師、マネーコラムの寄稿・監修、個人相談などを行っている。大学・短大で非常勤講師も務める。趣味は講談。座右の銘は「今日も未来もハッピーに!」。
Webサイト:https://happy-fp.com/
- ※税制上・社会保険制度の取扱いは、このページの最終更新日時点の税制・社会保険制度に基づくもので、すべての情報を網羅するものではありません。将来的に税制の変更により計算方法・税率などが、また、社会保険制度が変わる場合もありますのでご注意ください。なお、個別の税務取扱いについては所轄の税務署または税理士などに、社会保険制度の個別の取扱いについては年金事務所または社会保険労務士などにご確認のうえ、ご自身の責任においてご判断ください。
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